2014年8月28日木曜日

56・57・58日目 帰途 8/24・25・26

無事に日本に着いたので帰国までをまとめておく。

24日。 6時半に起床。昨晩にまとめておいた荷物を抱えてロビーへ。段ボールに詰めた自転車が普通のタクシーに乗らないかもしれなかったのでバンのような大き目のタクシーを呼んでもらった。

余った小銭でコーヒーを買っているときにタクシーが到着。真っ黒なバンの前にダークスーツに黒のネクタイを締めたマトリックスのエージェントスミスのような出で立ちのドライバーが。スライドドアから後部座席に段ボールを押し込み無事に出発。駅に向かってもらう。シャイそうな彼が「日本人ですか?」と聞いてきた。「そうですよ」と答えると少し嬉しそうにサイドポケットから日本語の教科書を取り出して見せてくれた。バスを使う日本人よりも中国人の方がタクシーのお客さんには多いそうだ。だがそれでも日本語を学んでくれている彼にはなんだかホッコリした。7時4分に駅に着く。すでに7時10分発のリムジンバスが待っていたのでドンぴしゃのタイミングだった。そのままバスに自転車を積み込みスムーズに空港への道が開けた。最後から2番目の難所だっただけにうまく行ってほっとした。

30分ほど走って空港につき、巨大なカートにさらに巨大な段ボールを乗せてカウンターへ。最後の難所、預け入れも何とか済ませ成田まで自転車を運んでもらう手続きも終わった。あとは自分が飛行機に乗るだけ。出発前に自室の置物コレクションに加えようとムーミンパパの置物を買ってフィンランドを後にした。

最初の行先はトランスファーでロンドンはヒースロー空港へ。4時間ほど。
イギリスへは大学1年時の夏以来なので3年ぶりだ。トランスファーながらもイギリスを精一杯楽しもうと昼食はパブ風のお店に入ってフィッシュ&チップスを頼んだ。ナゲット状になっていることの多い日本のものと違いこちらのは丸まる一匹揚げてあり食べごたえがある。枝豆をずんだのようにすりつぶした添え物もついていて驚いた。
3時間ほど時間をつぶして次は中東ドーハへ。

次は6時間のフライト。なぜか中東の飛行機に入っていた『武士の献立』を観て日本食へ思いを馳せる。深夜0時にドーハへ到着。ローマに来る際にも深夜にドバイで乗り継いだのだが、サウジの夜景はとてもきれいだ。ひしめく赤い光の粒に角ばった海岸線が浮き出ている。そして中東の航空会社もなかなかに快適だったと思う。某Δとかよりは好きだ。

1時間という短い時間だったが無事にここでの乗り換えも完了。次の行先は成田なのでもう周りは日本人だらけだ。乗り込みを待つ間、向かいのベンチに若い中東の女性2人組が座っていた。日本語に詳しいような一方にもう一方の方がプリントを読みながら日本語の勉強をしていた。僕も新しい言語の国に入る前は電子辞書でその国の歴史や挨拶などを調べたものだった。朝のドライバーのアンちゃんもそうだが、わざわざ日本語に関心を持ってくれる外国の方には感謝というか親しみのようなものを強く感じる。マイナー言語だという思いがあるからなおさらだ。

成田へは9時間45分の空の旅。前半はほとんど寝てすごし、日本に着く前に『アメリカンハッスル』を見た。アラビア語字幕じゃ正直内容はイマイチ入って来なかったけど映画が終わりブラックアウトした瞬間に成田に着いたのだけは少しいい気分だった。

25日午後5時55分。成田空港に到着。ほぼ二ヵ月ぶりの日本だ。思った以上に感慨はなかった。もう帰国というイベントにも少しは慣れたのかもしれない。
コンベアーに向かうと過去最速で自分のものを発見。でも自分の荷物ではなかった。1メートルはあろうかというプラカードに「オギワラ シンタロウ 様へ」と書いてあった。おそらく自転車の引き替えか何かだろうと思ってとろうとすると手前の男の子に「オギワラ シンタロウ サマ だって~」と言って読み上げられてしまった。結構恥ずかしいものだ 笑  男の子の視線をよそにそれを持って係員さんのところへ。だがそれは引き替えのプレカードではなかったらしい。どうやら自転車だけまだドーハにいるとのこと。明日の同じ時間の便で遅れて日本に来るので後日配送という形になると言われた。まぁ家まで運んでくれるのならこちらとしては願ったり叶ったりだったので言われるままに手続きを進める。自分的には全く問題なかったのだが普段されることに慣れていない平身低頭なJALの方の対応にこちらまで平身低頭になってしまった。
自転車を運んでもらうために来てもらっていた両親には悪かったが鞄一つだけ引っさげて入国ゲートをくぐって帰国。ちなみに最初に食べたものはトンカツ。豚汁が体に沁みる。

一晩夜を明かして翌26日の深夜23時ごろやっと自転車、テント、寝袋、衣類などを詰め込んだ段ボールが家に届く。まだしっかり確認してないが目立った損傷とかはなさそう。

荷物も全て家に帰ってきたことでこの旅を終わり。
最初は鞄一つだったのにずいぶん増やして帰って来たものだ。

荷物はこのまま残るだろうが細部の記憶の方はもうすでに薄れ始めている。そのためにこのブログを毎日だらだら長々と書いてきたわけなのだが、風化しきった後に自分の中にどのようなものが残っていてくれるのかあるいは、これから戻る日常生活がどのように見えるか(案外なんにも変ってないかもしれないけども)楽しみだ。

今も書いたが、このブログではできるだけ端折るとかまとめて書くとかいう事を避けてきた。起こったことを無駄にそのまま書いてきたつもりだ。だからこそ、大変読みづらく冗長に感じられる日も多かっただろう。(実際親しい友人から「長すぎて飛ばし読みしかできねーよ」 とも言われた)にも関わらず最後まで読んでいただいた方々には心から感謝を申し上げたい。不精な私が60日近く書き続けられ、そして走り続けられたのも皆さんのお陰です。


では。 



2 件のコメント:

  1. おかえり!!!!
    俺はゆっくり味わって読んでる。
    はやく会って冒険譚を聞かせて欲しいんだけど、ここ数日は夜まで忙しい予定なのだ・・・。

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  2. ただいま!!!!

    Kohei!! いつもホントありがとございましたー! 9月になったら早く会おうノシ

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