2014年8月28日木曜日

56・57・58日目 帰途 8/24・25・26

無事に日本に着いたので帰国までをまとめておく。

24日。 6時半に起床。昨晩にまとめておいた荷物を抱えてロビーへ。段ボールに詰めた自転車が普通のタクシーに乗らないかもしれなかったのでバンのような大き目のタクシーを呼んでもらった。

余った小銭でコーヒーを買っているときにタクシーが到着。真っ黒なバンの前にダークスーツに黒のネクタイを締めたマトリックスのエージェントスミスのような出で立ちのドライバーが。スライドドアから後部座席に段ボールを押し込み無事に出発。駅に向かってもらう。シャイそうな彼が「日本人ですか?」と聞いてきた。「そうですよ」と答えると少し嬉しそうにサイドポケットから日本語の教科書を取り出して見せてくれた。バスを使う日本人よりも中国人の方がタクシーのお客さんには多いそうだ。だがそれでも日本語を学んでくれている彼にはなんだかホッコリした。7時4分に駅に着く。すでに7時10分発のリムジンバスが待っていたのでドンぴしゃのタイミングだった。そのままバスに自転車を積み込みスムーズに空港への道が開けた。最後から2番目の難所だっただけにうまく行ってほっとした。

30分ほど走って空港につき、巨大なカートにさらに巨大な段ボールを乗せてカウンターへ。最後の難所、預け入れも何とか済ませ成田まで自転車を運んでもらう手続きも終わった。あとは自分が飛行機に乗るだけ。出発前に自室の置物コレクションに加えようとムーミンパパの置物を買ってフィンランドを後にした。

最初の行先はトランスファーでロンドンはヒースロー空港へ。4時間ほど。
イギリスへは大学1年時の夏以来なので3年ぶりだ。トランスファーながらもイギリスを精一杯楽しもうと昼食はパブ風のお店に入ってフィッシュ&チップスを頼んだ。ナゲット状になっていることの多い日本のものと違いこちらのは丸まる一匹揚げてあり食べごたえがある。枝豆をずんだのようにすりつぶした添え物もついていて驚いた。
3時間ほど時間をつぶして次は中東ドーハへ。

次は6時間のフライト。なぜか中東の飛行機に入っていた『武士の献立』を観て日本食へ思いを馳せる。深夜0時にドーハへ到着。ローマに来る際にも深夜にドバイで乗り継いだのだが、サウジの夜景はとてもきれいだ。ひしめく赤い光の粒に角ばった海岸線が浮き出ている。そして中東の航空会社もなかなかに快適だったと思う。某Δとかよりは好きだ。

1時間という短い時間だったが無事にここでの乗り換えも完了。次の行先は成田なのでもう周りは日本人だらけだ。乗り込みを待つ間、向かいのベンチに若い中東の女性2人組が座っていた。日本語に詳しいような一方にもう一方の方がプリントを読みながら日本語の勉強をしていた。僕も新しい言語の国に入る前は電子辞書でその国の歴史や挨拶などを調べたものだった。朝のドライバーのアンちゃんもそうだが、わざわざ日本語に関心を持ってくれる外国の方には感謝というか親しみのようなものを強く感じる。マイナー言語だという思いがあるからなおさらだ。

成田へは9時間45分の空の旅。前半はほとんど寝てすごし、日本に着く前に『アメリカンハッスル』を見た。アラビア語字幕じゃ正直内容はイマイチ入って来なかったけど映画が終わりブラックアウトした瞬間に成田に着いたのだけは少しいい気分だった。

25日午後5時55分。成田空港に到着。ほぼ二ヵ月ぶりの日本だ。思った以上に感慨はなかった。もう帰国というイベントにも少しは慣れたのかもしれない。
コンベアーに向かうと過去最速で自分のものを発見。でも自分の荷物ではなかった。1メートルはあろうかというプラカードに「オギワラ シンタロウ 様へ」と書いてあった。おそらく自転車の引き替えか何かだろうと思ってとろうとすると手前の男の子に「オギワラ シンタロウ サマ だって~」と言って読み上げられてしまった。結構恥ずかしいものだ 笑  男の子の視線をよそにそれを持って係員さんのところへ。だがそれは引き替えのプレカードではなかったらしい。どうやら自転車だけまだドーハにいるとのこと。明日の同じ時間の便で遅れて日本に来るので後日配送という形になると言われた。まぁ家まで運んでくれるのならこちらとしては願ったり叶ったりだったので言われるままに手続きを進める。自分的には全く問題なかったのだが普段されることに慣れていない平身低頭なJALの方の対応にこちらまで平身低頭になってしまった。
自転車を運んでもらうために来てもらっていた両親には悪かったが鞄一つだけ引っさげて入国ゲートをくぐって帰国。ちなみに最初に食べたものはトンカツ。豚汁が体に沁みる。

一晩夜を明かして翌26日の深夜23時ごろやっと自転車、テント、寝袋、衣類などを詰め込んだ段ボールが家に届く。まだしっかり確認してないが目立った損傷とかはなさそう。

荷物も全て家に帰ってきたことでこの旅を終わり。
最初は鞄一つだったのにずいぶん増やして帰って来たものだ。

荷物はこのまま残るだろうが細部の記憶の方はもうすでに薄れ始めている。そのためにこのブログを毎日だらだら長々と書いてきたわけなのだが、風化しきった後に自分の中にどのようなものが残っていてくれるのかあるいは、これから戻る日常生活がどのように見えるか(案外なんにも変ってないかもしれないけども)楽しみだ。

今も書いたが、このブログではできるだけ端折るとかまとめて書くとかいう事を避けてきた。起こったことを無駄にそのまま書いてきたつもりだ。だからこそ、大変読みづらく冗長に感じられる日も多かっただろう。(実際親しい友人から「長すぎて飛ばし読みしかできねーよ」 とも言われた)にも関わらず最後まで読んでいただいた方々には心から感謝を申し上げたい。不精な私が60日近く書き続けられ、そして走り続けられたのも皆さんのお陰です。


では。 



2014年8月24日日曜日

55日目 最後の日 8/23

明日は朝から空港なので今日がヨーロッパでの最後の日だった。早いもんだ。

朝は8時半に起床。最後ぐらいゆっくり過ごそうと街で朝食を探すことにした。自転車のダンボールに一緒に入れてもらう荷物も持って出かける。最初は自転車も歩いて持って帰るつもりだったがそれに入れる荷物だけで疲れたのでバスの一日券を駅で買った。中心部の喫茶店で朝食セットをやっているところがあったのでそこでサンドイッチとリンゴジュースとコーヒーを朝食に。食べ終わり10時半ごろに昨日の自転車屋さんに着き自転車を受け取った。なんとか衣類などが入るスペースもあってよかった。

だが、これを動かすのが予想以上に無謀だった。自分は割と楽観的だが大抵のことはここまでちょっと工夫したり、ちょっと我慢すればどうにかなっていたと思う。でも今回だけは自力でつかみどころも2つの小さな穴しかない巨大な箱を運ぶのは不可能だった。やっても5mもせずに止まってしまう。「これはヤバい...」と思いながらも背負ってみたり、頭まで持ち上げようとしてみたり引っ張ってみたり格闘するも無理で最終的に背負う方向で進んでみた。が、それも10mが限界。というか遅すぎる 笑
息を切られて途方にくれていると前から歩いて来た家族ずれの旦那さんが手助けを申し出てくれた。1ブロック先のバス停に行くと伝えると喜んで一緒に運んでくれた‼︎ スペイン人の彼も若い頃は自転車であちこち旅をしていたらしく、パキスタン、アフガニスタン、ニュージーランドなどに行っていたそうだ。だから僕が何をしているのかも瞬時に分かり、手助けしてくれたのだろう。このような自転車の趣味として世界共通語的なところはとてもありがたい。昨年のクリスマスは日本で過ごしていたようで「寿司だけじゃなくなんでも美味しかったよー!」と行ってくれた。

彼と長男に「さようなら〜」と行って別れを告げて無事に10番の路面電車に。
出入り口にダンボールをおけるスペースがあって助かった。

だが、ホステルの最寄り駅で降りても、もう自力で運べないのは分かり切っていた。「うーん」と周りを見回すと向かいの通りに小さなスーパーを発見。もうあそこでショッピングカートを借りるしかない! っと腹を決めて中へ。 ショッピングカートを持って店に入りそのままレジの列に並ぶ。非常識なことを拙い英語で喋ってもしっかり耳を傾けてくれそうな若くて優しそうなお姉さんの列に並んだ。自分の番になり空っぽなレジを押して挨拶をしてきたアジア人を見て半笑いになったお姉さんに事情を話す。なんとか理解していただけ、責任者らしい隣のレジのおばさんに話をつけてくれた。いやー、助かった。こうしてなんとか車輪をゲット。空のしたでショッピングカートを押したのは初めての経験だ。だが、まだ問題は残っていた。カートに対してもダンボールが大きすぎてうまく入らない。カートの淵も傾いていて載せてもすぐに落ちる。倒しかけて周りの人に助けてもらったりしながら5、6分試行錯誤しなんとかそこそこ安定して運べる形にもっていった。ショッピングカートってとっても段差に弱いって知ってましたか⁈ 笑  安定したかな と思っていると今度はポツポツ雨が。もう気にしてはいられないし、気にしてもどうしようもない。そのまま進む。なんとかホステルに着いた時には上面の色が変わってしまうほど濡れてしまった。明日大丈夫だろうか。雨がやむまで休憩し、止んでからカートを返しに行った。今度は昼食のパンとコーヒーをカートに入れてレジに並んだ。  困難は確かに大変だかそれを通じて人の優しさに触れられるのは困難のいいところだとおもう。まぁ、触れられなかったら万事休すだが。

パンを片手にバスに乗り込み中心部へ。公園のベンチで食べていると歓声が聞こえてきた。振り返るとなんちゃって相撲をやっていた。試合前にはとりあえず手を合わせてお辞儀という雑な日本感を演出していた。そのまままっすぐ港に向かって歩きいつもの青空市で頼まれたおみあげを探す。今日はそのままもっと歩いてヘルシンキ中心部の外れにあるウスペンスキー大聖堂に行ってみた。

前回来たときに寄ったヘルシンキ大聖堂がフィンランド福音ルター派教会という流れなのに対して今日のウスペンスキー大聖堂はロシア正教の教会だった。教会の前には24段の階段があったので教会に入る前に一休み。ぼーっと他のお客さんやヘルシンキの街並みを眺める。2時を過ぎたので腰を上げて教会の中へ。入るなり赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。覗いてみるとなにやら儀式のようなものをやっていた。幼児洗礼だったのかもしれない。建物自体も素晴らしいものだったがそれが現在も生きた教会として活動している瞬間に出会えたことはラッキーだった。そのあとまたゆっくり海辺を散歩。カモメの足にヒレがあるって知ってました?  その後骨董屋が並ぶ通りにも行ってみたのだが3時を過ぎていたのでほとんどのお店が閉まっていた。 残念。

中心部に戻る途中のショッピングセンターの広場でホッケーをやっていたのでしばし観戦。生で観るのは初めてだったけどスピード感があって楽しかった。広場には幾つも小さいコートがあって結構人気なスポーツなのかも。

そのあとは駅前の物産展のようなものに。フィンランド中から屋台やジャムやパンなんかが集まっていた。そこで小魚の丸揚げとジャガイモが山盛りになったものをたくさんの人が食べているテントを発見。普段なら外食で魚のフライの山盛りをお金を払ってまで食べるなんて自分の中ではあり得ない。だが、せっかくフィンランドまで来たんだし と買ってみる。めっちゃ大盛りにするもんだから若干焦りつつもいざ食べてみるとなかなかに美味しかった。

物産展を後にし、デザートでも食べようかと思ったが小雨のなか歩き続けるのも面倒だったのでそのまま夕食を食べて宿に戻ることにした。肉を食べたいなぁ とも思ったが淡白質はさっき魚でたっぷりとったし帰国してからも暴飲暴食が続きそうなので最後の夕食はさんざんお世話になったスーパーでいつものサラダを食べることにした。この夏毎日のように食べてきたリンゴとクロワッサンも買って。まさか最後の食事が大量の魚フライとサラダになるとは。日本にいることには想像も出来なかった。

早めにホテルに戻ってからは旅の途中で出会ったりお世話になった人に帰国することを連絡したり荷造りしたりしてのんびり過ごしている。

明日の昼前には飛行機なのでヨーロッパでこのブログを書くのは今日が最後になる。

では、










2014年8月23日土曜日

54日目 ヘルシンキ再訪 8/22

開けっ放しだった窓から朝日が差し込んできて7時ごろに目が覚めた。
日記を書いた後ベッドに入ったのだが、その後途中駅でおじさんが上にやってきた。

お腹も空いたし、普段は朝食と出発の準備で何かと忙しい朝の時間を楽しみたかったので食堂車に。
割高なクロワッサンとマフィンをコーヒーといただいた。朝日に照らされながらもまだ霞がかった畑が飛び去ってゆくのがとても幻想的だった。あとは朝から意外と人のいる駅舎や、いつ取りに来られるのかわからないような自転車だらけの駐輪場などを見ながらゆっくり過ごした。部屋に戻ってもすることが無いのでそのままヘルシンキ到着15分前まで食堂車に居座った。

部屋に戻るとおじさんも起きていた。少しだけ話したのだが彼はクルーズの旅に出るためにヘルシンキに向かっているという。なんでもヘルシンキから僕も先週いたオウル、次にバルト海を一周してストックホルムにいってどうやって行くのか分からないが、トルコまでいって最後はまたオウルまで戻ってくるらしい。二人で操縦するそうだ。「ボタンを押すだけだから簡単だよ」と笑っていた。9時丁度に駅に着いて無事に自転車も引っ張りだしおじさんに別れを告げ、再びヘルシンキの街へ。今回は前回ノータッチだった中央駅から。このブログでもベタぼめしたことは覚えているがまさかこんなに早く来るとは思ってもみなかった。早くとも20年後程度だろうと。それがたった3瞬間足らずで帰って来た 笑 

今回は焦ってインフォメーションを探す必要も無く、あらかじめ予約しておいた前回と同じホステルに直行。チェックインも2時からだとわかっているのでのんびりとホステル前で洗車から始めた。荷物だけ荷物置き場に置かせてもらって携帯を充電して時間をつぶし11時半に中心部へ。前回は閑散としていたスタジアムが今日は何かイベントの準備をしているし人通りも多い。今日から数日このスタジアムで夏フェスのようなフィンランドのラップのイベントがあるらしい。あらかじめ予約しておいて正解だったみたいだ。

まず、郵便局横のKマーケットで昼食にクロワッサン詰め合わせとデザートのモモのカスタードパンといつものよりどりサラダを買った。ヨーロッパの思い出にとドレッシングにはバルサミコをかけた。

その後以前にも寄った自転車屋さんに向かった。自転車の梱包のためだ。ダンボールはタダでもらえそうだったが、お手頃な価格で分解と梱包作業もやっていただけるということだったのでここは無理をせずお願いすることにした。帰国時の一番の心配事が一歩前進したので今日の目標は達成。手ぶらになったのでそのまま街でお土産探し。ストックマンで雑貨などを見ても見たが一般家庭向けなので僕がお土産に買うにはちょっと手が出なかった。でもやっぱりこちらのデパートは並んでいるものもその並べ方も何処と無くオシャレで楽しい。そして何よりトイレが無料。
そのままメインストリートのお店を出たり入ったりしながら結局港の青空市場で良さそうなものを見つけることができた。

そんな感じでぶらぶらしてゆっくりとホステルに戻る。自転車履で何時間も歩くのはさすがに疲れた。部屋に入ってからは洗濯したり荷造りしたりした。

6時を過ぎて夕飯を求めて再び街へ。自転車がないと移動がめんどいでござる。
当初、また『かごめ食堂』の食堂に行こうとしていたがつく前にお腹が限界になったのでたまたま見つけた安いピザの食べ放題に入る。今回は安心して食べられるピザだった。そうそう、まだ書いていなかったと思うがフィンランドでは頼めば無料でお水をくれるお店がほとんどなのが助かっていた。サラダも食べ放題だったのでよかった。

そこからまたゆっくりとホステルへ。途中石のベンチに腰掛けてスケボーに興じる若者(ほとんど変わらないだろけど)や道ゆく人を眺めてみたり、音のする方へ歩いてみてアフリカンミュージックの演奏を聞いたりした。そのまま湖を囲う公園を通ってスタジアムへ。

歩きながらゆっくり過ごすのも悪くないかもしれない。
やっと重低音が止んだ夜のヘルシンキより。

では、







2014年8月22日金曜日

53日目 帰りは夜行列車に乗って 8/21

安いワインを一本も飲んだのは疲労の溜まった体には厳しかったらしく一晩中悪酔いに苦しみ朝を迎えた。朝食に昨晩買っておいた菓子パンを食べる。そのあとは食器を洗ったりひたすらソファーでボーっとして雨をやり過ごし12時チェックアウトぎりぎりでコテージを出た。
隣接したピルカという森をテーマにした博物館とアルクティクムという北極圏をテーマにした博物館の共有チケットを買って6時までずっと時間をつぶした。中国人の団体さんが居なくなってからはピルカはほぼ独り占めだった。『体験型』がコンセプトらしく、木を伐採する重機の実物が置かれていて操縦席に乗り込むことが出来たり、猟銃で熊を獲るシミュレーションゲームがあったり、なぜかカラオケスペースもあったりした。とくに気に入ったのは『住環境としての木を感じてください。』のコーナーで木のフローリングの上にバカでっかいビーズクッションが置いてあるだけなのだが、好きに昼寝出来るようになっていた。アルクティクムは北極の自然を中心とした科学センターとラップランドに住んできた人々の歴史や文化などを中心とした郷土博物館からなっている。こちらの方が歴史もある施設なようでいわゆる博物館といった感じ。2時ごろにお腹が空いて展示に集中出来なくなったので立ち寄ったカフェがよかった。
最後の2時間くらいはピルカに戻って休憩エリアで過ごした。電波も通じなかったので30セントのコーヒーを啜りながら外を眺めひたすらボーとした。アルクティクムのカフェの裏手から仕事を終えて帰って行く人たちが見えた。

ちなみにお昼は街のマックでたべた。現在はロシアのマックに抜かされたがそれまでは世界最北のマクドナルドだったらしい。

博物館を出て駅へ向かった。あたりに安そうな店はなかったものの再びスーパーまで戻るのも億劫だったので駅のレストランに入って電車を待つ。トナカイのケバブを食べた。8時40分。出発の15分前になってやっと列車がやってきた。その名も『サンタクロース・エクスプレス』昨日サンタさんにこの列車で帰ることを話したら「Of course」と言って喜んでくれていた。人生初の夜行列車なのだがこれに乗れるというのもロヴァニエミを最終地点に選んだ理由の一つ。自転車も無事に積み込み自分の部屋へ。相部屋の安いチケットだったのだが幸か不幸かこの部屋には自分しか居ないようだ。新しい出会いが無かった事は残念だが、一晩気ままに過ごせるのはありがたい。11時前に日が暮れるまでは寝っ転がり音楽を聴きながら色が変わっていく窓の外を眺めていた。寝ているだけなのに森が右から左へと吹っ飛んでいく。ドアを閉めれば結構静かになるもので快適だ。日が沈んでからは食堂車に移動して砂糖をまぶしたドーナッツ片手にこの文を書いている。入った瞬間にビールの匂いがすごかったが今日はさすがに遠慮したい 笑 まだまだ人はたくさんいてほぼ満席。

到着は朝の9時の予定。どんな眠りごこちなのか楽しみだ。

では、








2014年8月21日木曜日

52日目 ゴールテープは北極線 8/20

本日午後1時11分。最終目的地ロヴァニエミ近郊のサンタクロース村にある北緯66°の北極線に到達。

朝は雨が降っていたので朝食のビュッフェを食べてから2時間ぐらいそのまま居続け、11時半に出発。10kmほど走りロヴァニエミ中心部を通過し、そのまま9kmほど走って北極線のあるサンタクロース村に着いた。最後山になっていたもののここまでくればもう坂なんて関係ない。ゆっくりゆっくりと進んで行った。ここは世界で唯一本物のサンタさんに会えるというのが売りのド・観光地で当初はあまり興味無かったが、そこに北極線が通っているということにロマンのようなものを感じて最終地点にした次第である。話はそれるがこの旅で僕は異常に涙もろかった。様々なときに様々なことを思い様々な場所で泣いてきた。だからこそ、「最後でも号泣かなぁ」なんて思っていた。しかし、実際は予感とは違った。北極線まで自転車に乗って行くことができた。線を超えて足を着いたときには空港で新しい国に降り立ったときのようなふわっとした感覚はあったものの、ただただ心が静かになっただけだった。その日はまだ20kmも走っていなかったので疲労もなく『乗り越えた』という達成感よりも『終わった』という安堵の方が強かったのかもしれない。だが、脱力感のようなものは一切なく、目や意識は静かに冴えていた。そのあとしばらく考え続け、この感覚は長い小説を読み終えたときの感じに近いと思った。漫画なり小説なり一つの物語を読み終えた時、満足感も得るが同時に妙にさみしくなる感じ。ついさっきまで没頭していた物語とは違う時間を生きていることを明確に自覚するからだろう。しかし、今回はそこまでの切なさは無い。おそらくこの旅が小説ではなく自分の実体験だからだろう。だからただ静かな感覚だけが残ったのだと思う。

ちなみにそんな感じて妙に冷静になりながらまずしたことはサンタに会いに行くでも北極線到達証書をもらいに行くでも無く、トイレを探すことだった。トイレは行ける時に行く。買い物は出来る時にする。この旅で学んだことの一つだ。

お腹も空いていたが、レストランはやはり高かったのでいつものように余ったフランスパンに蜂蜜をかけて食べ、食後にはのんびりコーヒーも飲んだ。お腹も満たされたところでいざサンタのもとへ。


ここは毎日空いていて入場無料。サンタの部屋までの通路は某ネズミーランドのように非常に凝っていてここを通っている時が今日一番テンションが高かったかもしれない。しばらく歩きサンタの部屋へ。他にお客さんも居らず、すぐに座っているサンタさんのところへ通された。 「コンニチハ」と挨拶されてから軽くおしゃべりし、記念撮影。自転車で来た事や今後の予定に着いていろいろ聞いてくれた。毎日尊敬や好奇の眼差しを受けながら人に向かい合っているからか、サンタさんはかなり落ち着いていてどっしりと構えまっすぐに眼を見て話す御仁だった。そしてとにかくデカい。体も、ヒゲも、腹も、手も。握手するだけで無性に安心する。子供的な感覚からするとなぜ彼が『本物』のサンタなのかは分からないが、大人の世界では彼は『本物』のサンタなようだ。ちなみに彼らはテストをパスして国際サンタクロース協会というところからの任命されているらしい。大人的感覚からすると「なるほど〜、これならサンタだな。」と納得してしまう部分も多いので大人な方はご一読いただくと面白いかもしれない。
こうして遠路はるばる北の国まで来てサンタクロースと出会い、そして別れを告げた。

サンタの部屋を出るともうそこは大人の世界。すぐに写真のセールスが始まった。苦笑しながらも元から買うつもりだったので大判写真で一枚いただいた。次に向かいの建物に行き北極線到達証明書も記念に購入。受付のおばさんが達筆に名前を入れてくれて大満足。空欄のままを渡されて自分で書かされたらどうしようかと思った 笑
最後に サンタクロースの郵便局にもよった。このサンタ村には実際にサンタさんへの手紙を出せるようで世界中から集まった手紙も保管・展示してあった。また世界中に手紙が出すこともでき、クリスマスに届くポストもあった。サンタさんからの手紙も頼めるようだった。

淡々と楽しみ4時ごろにサンタ村を後にした。

今夜は昨日予約していたコテージへ。市街地から3kmほど離れているのだが車や自転車があれば問題ない。キッチンやサウナ、暖炉まで付いていた。値段もいままで使ったホテルの中ではトップクラスに安い。とても素晴らしいところだ。ただ、食事は付いていないので夕食はもちろん朝食も自分で用意した。サウナにも入りたかったけどあまりにもお腹が空いたのでシャワーを浴びてすぐに調理。自分で取るサラダと残ったパスタを茹でトナカイ肉の缶詰を和えてたべた。トナカイ肉缶詰は人参などと調理されていて臭みの強い肉じゃがのようだった。ワインと一緒に味わう。つまみには生の方のスモークサーモンを。

食後にはいままで撮った写真をスライドショーで眺めてみた。自分で言うのもなんだがとても充実した日々を送っていたように思えた。

では、








2014年8月20日水曜日

51日目 3匹のトナカイ 8/19

今朝はそこまで寒くは無かった。8時に起床。 外で冷やしておいた牛乳とパンで朝食。
今日はロヴァニエミ手前のキャンプ場まで121km走った。今までで2番目だったと思う。
10時に出発。雨は止んでいたが厚い雲は残ったままだった。E75を離れ側道を通って内陸部に入る。地図を見る限り当分お店のある村すらなさそうだったのでシモで店に寄ってフランスパンとクロワッサンとリンゴを一つづつ買ってから走りだした。補給なしでも明日の昼まで走れるように。ここからはゆるい登り。スピードはそこまで出ないが車がほとんど通らないので静かに走り続ける。森の合間に沼地や岩盤がむき出しになっているところがちらほら出てきた。午前中に35km走り道路沿いにあった一枚岩の上で昼食。潰れていてもクロワッサンはクロワッサン。川沿いの道だからか小さな蚊が多かったので20分ほどで出発。50km過ぎたころだっただろうか、道路の左側からトナカイ(だと思われる大きな生き物)が3匹現れた。驚き止って、携帯に手を伸ばす。てっきりそのまま道路を横断するものだと思っていたらなんとそのまま道路を走り始めた‼︎ 驚きながらも自転車を漕ぎ出して彼らについていく。そこから2、3分しばらく軽快な足音を響かせるながらアスファルトの上を走り続けていた。30mは離れていたと思う。途端に止って3匹でこちらの様子を伺っていた。合わせて自転車も止めるとしばらく様子を見てからまた走り始めた! てっきりこれで森の中へ消えるのだろうと思っていたのでこれには驚いたし、どこかコミカルでもあった。テンションが上がって無我夢中でペダルをこぐ。が、全然距離が縮まらない。30km/hは出ていた。アスファルトの上のトナカイはとっても速かった。 2度目に立ち止まってこちらを眺めたあと、残念だが森の中に入ってしまった。彼らなりに入りやすいポイントがあるのかもしれない。消えた場所まで行き森を覗くと、3匹仲良くジグザクに奥へと進む姿が見えた。木々の合間に彼らが見えなくなるまで見送ってから再開。この出会いにはとても元気づけられた。大型の野生動物とここまで長く時間をとも出来たのは初めてだった。そしてトナカイが車のように道路を走る光景というのもとても面白かった。彼らが姿を現してくれたのも、彼らを追いかけられたのも車よりも静かで徒歩よりは速い自転車に乗っていたからだと思う。自転車でここまで旅をしてきてよかったと思えた瞬間だった。

興奮冷めやらぬ間に道路が未舗装になってしまった。この道が今までになく長かった。20kmは砂利道だった。マウンテンバイクのようにサスペンションが着いていないこの自転車では若干キツい。舗装道路に戻ったときにはスケートリンクのような滑らかさに感激。これならトナカイもこっち走りたくなるわ って感じ 笑  しばらく走っていると森の中でお婆さんが一人で何かを摘んでいた。フィンランド名物のキノコ狩りかな?と思って自転車からおりてお婆さんの元へ。お婆さんのバケツの中には大量ののブルーベリーが。挨拶をしてから僕も何個か摘まむ。甘さ控えめなすっぱさで目が覚めた。

そんなこんなで70kmを超えそろそろ寝床を探してもいい頃に。だが、一向にいい場所が見当たらない。未舗装走行中に雨に降られていたこともありムリにでもキャンプするモチベーションも無かった。ダラダラ走る間に100kmを超えて結局ロヴァニエミ手前にキャンプも出来るモーテルを見つけたのでそこに決定。フィンランドのキャンプ場はどこも安くていい。今日も昨日も15ユーロ。野宿でもテントで寝ることには変わりないがシャワーに入れるだけで快適さが全く違うのでありがたい。リゾットとパンとリンゴを食べコーヒーを飲んだ。なぜかキャンプ 場でウサギがたくさん野放しにされている。人懐っこく向こうからやってきた。餌付けされているのだろう。

ウサギっておいしいらしいですね。

では、






2014年8月19日火曜日

50日目 テントの中で雨宿り 8/18

朝7時ごろに起床。ホテル側のスーパーでパンと牛乳とリンゴを買って朝食に。
しっかり刺さって無かったiPad の充電を済ませ10時ごろに出発。
教会のわきを抜けて街を後にした。序盤は昨日教えてもらった自転車道をひたすら走った。オウルに着くまではずっとどこまで続くか分からない道を走っていた。だがオウルで目的地を決めたので今日からはその決められたゴールまでの限られた道を進むことになる。焦らずに今までの旅路を思い返しながらゆっくりと進んだ。お昼頃にショッピングセンターに着いた。イタリアのことを思い出していたので久しぶりにピザでも食べようと一番安く、イタリアでもよく食べたマルゲリータを注文。ランチタイムでドリンクフリーなサービスは嬉しかったがピザはイタリアのとは似ても似つかなかった。チーズとトマトが入り混じり、ピザが単色のようだった。やはり本場のは美味しかったんだなと実感しながら腹ごしらえを済ます。そのあとはここまでにも使ったE75に乗って背の高い木々を横目に走った。週明けでもフィンランドの道路はそこまで混んでいない。途中で幼稚園のようなところを何度か見かけた。80km進んだところのシモ SIMOという村の川沿いにキャンプ場を見つけ4時と少し早い気もしたが今日はここに泊まることにした。キッチンなども着いたからだ。あと他のお客さんもやっぱり少ない。8月末になると気候的にはもう秋でオフシーズンなようだ。昨日の旦那さんも今週から新学期が始まると言っていた。村のスーパーで菓子パンとドーナツと明日の朝食のフランスパンとリンゴ、そして牛乳を買った。川辺の揺れるベンチに座ってドーナツを頬張った。ポツポツ降って来たので慌ててテントの中に。それからずっと降り続けている。雨の前にテントを立て、買い物を済ませておけてよかった。無理に走り続けなくて正解だった。夕飯までも時間があり暇だったので久しぶりにオカリナを吹いたりもした。

夕飯は余ったパスタでいつものトマトツナパスタ。

明日の朝には晴れていますように。

では、


2014年8月18日月曜日

49日目 サウナとサーモン

今日はオウル滞在日。
ホテル一階のサブウェイで朝食セットを食べた。

日曜日なのでお店が開く12時まで昨日までのブログを書いたりコーヒーを飲んだりのんびり過ごす。午後になり洗濯物を持って街に出たが、日曜にやっているランドリーは無いようだった。クレープの屋台を発見したので側のマックで軽く腹を膨らませてクレープをデザートにいただく。ヘルシンキでも寄ったストックマンというデパートで壊れたウエストポーチを買い換えようとしたがいいものが無かったので断念。代わりにある物を見つけて思わず衝動買いしてしまった。
その後、ミッケリで出会った院生の方のおすすめでピキサアリ Pikisaari という小島へ向かう。小屋のような家が立ち並ぶこじんまりとしたのどかな島だった。島からオウルの港を一望することが出来る。島から出ようとしたとき、一通のメールに気がついた。フィンランドに渡るときのフェリーで連絡先をいただいていたオウル在住の夫婦からだった。実は数日前からやりとりをしていたのだが、僕が予定よりも早く着いてしまいそれが休日と被ってしまったので仕事用のアドレスを確認していなかった彼からの返信が途絶えていたのだ。今夜6時から別荘に来ないかと言ってくれたので駅前で落ち合うことになった。
その前に自分で洗濯しようと思い一旦ホテルに戻ろうとしていると今日見た中でダントツに長い行列を発見‼︎ 屋台を覗くとどうやらカレー屋さんのようだった。小腹も空いていたしせっかくなのでオウルっ子の流行りも食べてみよう列に並んだ。一番人気だというビーフカレーを注文。ナンのようなものとサラダと一緒に出てきた。一口目の印象はビーフシチュー。日本のカレーのように匂いはそこまで強く無いのだ。しかし、後味がじわじわくる。食べ続けていると結構辛くなって来た。フィンランドの方々がこんな辛いものをコーラと一緒に食べているのがなんだか僕には面白かった。パンはナンというよりクレープのよう。しっとりとしてとても薄い。それでカレーや野菜をくるんで食べた。今調べたらところメソブ MESOB というエチオピアの料理らしい。

ホテルに戻り必要最低限のものを手洗いしている間に6時が近づく。
駅前で待っていると彼がやって来てくれた。以前に新聞取材を受けたときにも感じたが今回の夫婦もまさか本当にここまでしてくれるとは最初は思ってもいなかった。たまたま旦那さんとフェリーで同室となり挨拶したときに「オウルに行くよ」と言うと「じゃあ、来たら寄ってくれ」と言ってくれた。最初は社交辞令だと思っていたのだが、夕飯が終わった後に僕の席まで来て「部屋移動することにしたからじゃあな。オウル来るならここに連絡してくれ。」と言ってアドレスをわざわざ教えてくれたのだ。恐らく娘さんが日本の大学に4年間留学していることも一つの要因だったのかもしれない。

車でオウルから北へ30kmほどの彼の別荘へ連れて行ってくれた。途中で30代の息子さんとも合流。高速沿いの森に少し入ると隠れ家のような小さい家が二つある庭に着いた。一つは住居でもうひとつはサウナだった。息子さんとサウナに火をくべる。サウナが暖まるまで旦那さんが近くをドライブに連れて行ってくれた。彼は大学のでITに着いて教えていて、奥さんは大学で歯科医の勉強をした後、今は母校で歯科医として働いているらしい。息子さんは建築会社で働いているようだ。車でそれぞれの職場も案内してくれた。親戚もオウルのまわりにたくさん住んでいるそうだ。大きな川にある水力発電も見せてくれた。ここの発電所でオウル近郊の電気を賄っているそうだが、サケが川に戻れなくなってしまうので一部の川ではそのような施設を作ったりしていないのだとか。

1時間ほどドライブした後に息子さんとサウナに。フィンランド式サウナは以前にフェリーで体験済みだったが、あの時よりも一段と熱かった。フェリーのときを思い出し、何気なく2杯水を入れると「おいおい、入れ過ぎだよ」と言われてしまった。普通はここのサウナは一回に1杯半で充分だそうだ。そのくらい熱くなるサウナだと言うこと。すぐに蒸気が襲って来た。前回よりも激しく。耳の周り、まぶた、唇、皮膚、もう全身の端という端がつままれているようだった。一回目はあっぷあっぷになりまともに話すことすら出来なかった。十分ほど入ると一旦出てタオルを腰に巻いて外のベンチで一休み。フィンランドの気候や庭に植わっている木々に着いて話してくれた。全部で3セットをこれを繰り返して汗を思いっきりかいてからシャワーを浴びて出た。小屋には実際に使っているというまきストーブもあった。写真の木彫りのクマは彼が13歳のときの誕生日プレゼントなんだって。

サウナを出ると夕飯も振舞ってくれた。メロンの入ったサラダとスモークドサーモン。スモークドサーモンと聞くと日本では刺身のような見た目の生ハムみたいな状態を思い浮かべるが、フィンランド流は違った。50cm以上あろうかというサーモンの切身を庭の燻製ストーブで調理したばかり。軽く焦げた表面はちょうどいい塩加減でとても美味しい。もちろん燻製の香りもしっかりする。

食事中は旅行の話をしつつ今まで3度も日本に行ったことがあるというお母さんの話と日本にいる娘さんの話を聞いた。娘さんが日本に興味を持ったきっかけはポケモンだったらしい。お母さんは村上春樹のファンだった。

庭には旗をかけるフラッグポールもあり家の旗がかかっていた。サウナを一緒に入った息子さんがおじいちゃんから引き継いだものらしい。

9時ごろまで別荘でお世話になっていた。帰りは高速ではなく「明日はここを通るといいよ」と側道を走ってくれた。

ホテルの前まで車を回してくれてお別れ。
フェリーでのたった2分の会話が50cmのサーモンにまで膨れ上がるのだから旅は面白いなぁなんて思った夜だった。


そして、このオウロにて改めて今後の旅路について調べ、考えこの旅の終着地を決めました。

では、







2014年8月17日日曜日

48日目 オウル 8/16

今朝も寒さと戦いながらの朝。朝は辛いが走りだしても暑くならないのはいい。
今日は一路オウルに向かってひたすら90km走った。途中腰が痛くなって来たので3週間ほどいじって無かったサドル位置をちょっと下げて対処。昨日30kmごとに休憩を挟んで走ると遠くまで走りやすかったのでそれを目安に1時間半で30km走っては15〜30分休憩するというサイクルを繰り返して走った。60km地点のガソリンスタンドで昼食を取った。外でタバコを吸ってたおじいちゃん達が気付くと中に入っていたので「あれ?」と思い外を見るとまた雨が! 防水でないカバンだけ慌てて荷台から外して中に運ぶ。1時半ごろにレインコートを羽織って出発。ここからは先ではE75が車専用になるので側道の847を通ってオウルへ。3時半ごろにオウル駅前に到着。駅で地図をもらいインフォメーションへ。ここの人はとても親切にホテル会社に電話してくれたりしてくれたのだがここからがこの日は大変だった。ホステルは無かったので安いホテルに泊まることに。なんとここではネット予約だけで管理する無人ホテルが一般的らしい。一回にあるパソコンで予約手続きを済ませて部屋に行く。ヘルメットとiPadを置いて自転車を持ち込もうとするとドアが空かない。キーコードが効かなくなっていた。一回に戻りホットラインにつながる受話器を取って確認してみるとなんとシステム上では今晩この部屋に予約は入っていないらしい。つまり、一度目にドアを開けたときから自転車を持ってくる間の数分で僕のデータが消えてしまったということらしい。実に不可解だ。「システムダウンだから待って。」と言われ1時間ほど待つことに。6時を過ぎてホテルのオートロックも起動していたので外に出る訳にも行かず、部屋のある6階の廊下でマットに腰掛け待つことに。『モモ』もすぐに読み終わってしまった。1時間後にかけ直すと改めて登録する必要があるらしく、電話越しに自分の個人情報を一々伝えていくのが億劫。 英語の勉強よろしく受話器に向かってひたすらアルファベットを発音していくなんて久しぶりだ。以前、電話越しに対応するアルバイトをしていたので向こうの大変さも少しはわかるつもりだ。しかし、いざ顧客側になってみるとお客さんにとっても目の前にいない相手を信用して任せるということは大変だと感じた。その後も時間が必要だったらしく結局5、6回はこちらからかけ直したと思う。最後には名前を言うだけで話が通じていた。今後は少し高くとも有人のホテルを利用しようと思った。

7時半を過ぎてようやく再び部屋に入ることが出来た。一安心。さっとシャワーを浴びて夕食へ。
ちょっとご褒美に今晩はステーキを。久しぶりのパンに挟まっていないお肉は最高!プラスチックではなく金属のナイフ、フォークを使ってワイン片手に食べるご飯は感動的だった。お肉も良かったが、付け合わせのポテトもめちゃくちゃうまかった。ポテトフライではなくじゃがいもをそのままカラッと揚げてあるのだ。この旅ではシンプルな食事の美味しさをずっと感じていたが、こういう文化的な食事もたまには悪くない。だが、こういう食事は一人で食べるには少しはもったいない気もした。

ホテルに戻りピーナッツなどをつまみながらiPadをいじってその日は就寝。

では、




47日目 空平線を目指して 8/15

今日はE75をひたすら北へ116km。

朝起きてめちゃくちゃ寒過ぎてびーっくり! 寝ている間は大丈夫なのだが寝袋から少しでも出ようとするともう寒さが突き刺さる。冬に布団から出たくない時ってありますよね。あれのスゴいバージョンみたいな 笑 いや、笑い事ではない。寒い、寒いいいながらカスタードパイとレーズン、リンゴを食べる。露で濡れまくりのテントをたたんで出発。

45kmほど走って大きなガソリンスタンドで昼食をとった。このあたりでは鐘が有名なのか駐車上には人の背ほどの大きな鐘が幾つも並んでいた。巨大な鐘の影でパンを食べる。ミッケリでもいろんな人に心配されたのだが、今フィンランドは雨がよく降る季節らしい。ミッケリまでは降られなかったのだがここ数日は毎日のように雨に出会っている。そのせいか近頃は周りの景色だけではなく頭上の様子にも気を配って走るようになった。昼食を取りおわった頃西からどんよりした黒い雲が流れてきたので出発を見送りカフェで様子を見ることに。パニーニを食べていると案の定雨が降ってきた。なかなか弱まらず結局2時半ごろまでここで休憩。店内にもハンドベルのような鐘がたくさんあり、時計に合わせて曲を奏でていたりもした。ここの売店で『サマーウォーズ』の漫画を発見。思わずニヤニヤしながら立ち読みしてしまった。映画を思い出してやたらと元気がでた。今調べると2009年の公開だったらしくこれがもう5年近く前のものだなんて信じられない。そんなことを思っていると雨脚も弱まって来たので再出発。半袖のシャツ、フリースその上にレインコートと最大級の防寒着で出陣。寒い風で足や顔は冷やされながらも体の芯はポカポカである。中途半端に暑さが億区なときより走りやすかった気がする。そのあとも空の様子をみながら走る。地平線というのはあっという間に過ぎ去って行く。5分もすれば違う景色だ。でも、空の景色は中々変わらない。時々空の端に少しでだけ明るい切れ目のようなものが見えることがある。つまり今自分のいる雨雲の終わり。その向こうは別の天気だ。今までは大きな山などを目指して来たがこの日はその空の切れ端をひたすら目指して走っていた。雲自体が動いていることもあるのだが、ゆっくりとその切れ目が拡がってゆく。次第に雨も止み、気づくと雲が背後にあったときは思わずニヤッとしてしまう。5時ごろ80kmほど走ってカルサマキ Karsamakiという町の大きなガソリンスタンドで1時間ほど休憩。肉が食べたくなってハンバーガーとサラダバーでサラダを食べた。その後8時過ぎまで走ってプルッキラ Pulukkilaという閑散とした町で就寝。インスタントラーメンに今日は缶詰のツナを入れて食べた。タンパク質が入るだけでは一層美味しくなる。シーチキンラーメンおすすめです。

では、




46日目 空腹 8/14

昨日夕方にスーパーに行ってパンを買うことが出来なかったので今朝はインスタントリゾットで済ませた。これが大失敗。ちなみに普段はフランスパンを半分とリンゴとレーズンなどを食べている。次の町まで20km。もつかと思ったのだがそんなことはなく10kmを超えたあたりで急に空腹感が襲ってきた。余った一握りのレーズンとナッツを噛みまくって食べたが全然満たされない。シッダールタの「私は断食が出来るので焦ることを知らない。」という言葉を思い返してみても私は修行僧のようにじっとしている訳ではないのであまり効き目はなかった。途中何度もインスタントラーメンを作ってみようかとも考えたが、それで満たされるとは思えなかったし3食連続でインスタントは避けたかったので空腹を抱えながらひた走る。次のベンチでもうラーメンだ!というところでなんとか町につくことができた。田舎の町だったもののなんとか道路沿いにコンビニサイズのお店を発見。一斤の菓子パンとトマトと鳥の串焼きを購入。トマトからかじりついた。こんな危機的に腹が減ったのはイタリアの最初の週ぶりだったので自分が底から満たされてく感覚を久しぶりに味わう。満腹になってから一時間ほど木陰のベンチで仮眠をとった。教育水準の高いフィンランドといえどこの辺りになると英語が通じないことも多々ある。店の人とお客さんにiPadを見せながら身振り手振りでこの先の道路のことについて聞いた。
村から30分ほど走って国道4号線兼、E(欧州高速道路)75という大きな道路に出た。自転車では走れないことも予想していたが意外と走っている車の数も多くなくこの道路に乗っかって行くことにした。ここから目的地のオウルまでは230km。 途中休憩中のイギリス人の方に会った。彼も自転車でオーストリアから旅をしてきたらしい。別れを告げて先に走り出したもののあっという間に追い抜かされてしまった。
30kmほど走り ピフティプダス Pihtipudasという町に着いた。町の間隔がとても広いからかフィンランドはガソリンスタンドがレストラン、トイレ、コンビニ 時には宿泊施設など多様な役目を担っていることが多い。どのガソリンスタンドも小さなサービスエリアのようなのだ。その裏手の川辺の駐車場が少し草が生えてきていてあまり使われていないようだったのでそこで寝ることにした。そばにスーパーがあったのでそこで新ジャガサイズのジャガイモ3つ、トマト5つ、玉ねぎ1玉、デザートにカスタードパイ2つ、リンゴ2つ買って久しぶりに調理。以前、茹で野菜を作ったときに野菜自体よりも茹で汁の方が美味しかったことを思い出し、今回は野菜を全部煮てそのまま食べるというなんちゃってポトフを作ることにした。
ここへ来て急に冷え込んで来たのでテントに入ったまま前室で調理していた。
野菜の様子を見ているときに不注意で鍋のバランスを崩してしまった。ちょっとお湯がこぼれただけで夕飯は無事にだったのだが、コンロも倒れテントのそばで扱っていたものだからテントに火が着いてしまった‼︎  とは言っても服に火が付く時のように燃え上がるのではなく、コンロが触れた部分だけ瞬間的に溶けて穴が空いただけだったので大事には至らなかった。鍋も倒れかけ、コンロの火を慌てて消して黒く空いた5cmほどの穴に呆然としながらもとっさに両側からガムテープで塞ぐことで応急処置。虫さえ入って来なければそれでよし。最後にトマトも入れ一煮立ちさせポトフも完成。久しぶりの野菜はうまい! 素朴な味のスープもとてもおいしかった。鍋いっぱいのスープに満腹になりパイは翌朝に持ち越し。

今日は少なめで70kmほど走った。

今回は5日連続キャンプで走り続けたために更新できませんでした。
今オウルのホテルから書いてます。

では、




2014年8月14日木曜日

45日目 雨 8/13

朝テントを仕舞う際にアリとたたかうのが大変だったが、11時に出発。
今日は100kmちょうど走った。

昨日と同じような林の間の一本道をひた走る。横を走る車は速いものの車自体の数は多くないのでそれほど大変ではない。少しだけ走り12時半に湖に面した駐車場でマットを広げ朝食と同じメニュー、フランスパンに蜂蜜を塗って食べる。ナッツとレーズンもつまみながら最後はリンゴでしめ。
昼下がりの1時半ごろに急に土砂降りに降られてしまった。道路の脇に寄れるスペースがなかったのでそのまま走ってびしょ濡れに。幸いあらかじめゴアテックスのレインコートをジャケット代わりに着ていたので深刻な被害にはならなかった。レ・ミゼラブルの『Look down』(一番最初のやつ)を口ずさみ雨に負けないようテンションを上げながら走った。
雨が止んだ頃にラウタランピ Rautalampiという町に着いたので『モモ』を読みながら休憩。3時に再出発。しばらくするとまた頭上が暗くなってきた。先ほどの反省を活かし早めに下もレインコートに着替え、カバンにはカバーをかける。案の定すぐに雨脚が強くなってきた。夕方の雨の困るところはキャンプを張る場所はおろか、休憩場所すらなかなか見当たらないところ。90km近く走ってやっと木で出来た落書き一つない真新しいバス停を見つけた。バスの本数が少ないからか東屋のようなバス停もあるのだ。雨を眺めていたら6時を過ぎたのでとりあえず夕飯のラーメンを作ることに。 かじかんだ手で食べるインスタントラーメンはとっても美味しかった。早くインスタントでないラーメンにもありつきたい。そのままそこで寝ようかと思っていたのだがそうこうしている間に雨が止んでしまった。残念だけどバス停泊はまた今度。晩御飯もとったので寝床だけ探しにのんびり走る。10km走ってひと気のない公民館の庭的なところを見つけたので今夜はそこの屋根のある場所のコンクリの上で寝る。ベンチの上で寝る覚悟をしてたからかやっぱりテントっていいなぁと感じている。

では、