2014年7月31日木曜日

31日目 ベルリン 7/30

ベルリン最終日。よく寝てよく食べたら元気がでた。

午前中は博物館の一日券を買ってペルガモン博物館への列に並んですぎた。
2時間ほど待ちようやく入れたのが12時ほど。普段何時間も自転車に乗ってるからか数時間待つことはそれほど苦では無くなった。

初めて観光らしいことをしているのだが、ペルガモン博物館はとても良かった。貴重なコレクションをもつ博物館なら至る国にあるとは思うがここは博物館の中に遺跡を幾つも復元している点が凄いと思う。元は天高くそびえていたであろう宮殿、神殿、門の数々がそのままの迫力で見上げることができる。各ブースでは内装までその時代の風景を反映したような作りになっていて一種のテーマパークのよう。古代のエジプト、中東、ローマを駆け巡ることができる。入場に含まれているらしく追加料金なしでオーディオガイドも借りることが出来た。大理石の白や、碑石や木彫りの装飾などの茶色が大半をを占める博物館の景色の中で真っ青なバビロニアのイシュタル門は目立っていた。色鮮やかにライオンなども描かれていて一見の価値あり。数々のコレクションが「お前の走ってきた道なんて世界のほんの一部に過ぎないのさ」とほくそ笑んでいるように見えた。次はアジア、インド、中東に行ってみたいと思う。

昼食はベルリンでも有数の歴史を誇るレストランへ。名前は長いので省略。ベルリン 伝統料理と調べれば出てきます。本日の一皿というものを頼んでみた。今までで一番柔らかくとろけるようなカツレツとわさびのような葉物とジャガイモに冷たいチーズ風味のソースをたっぷりかけた一品。お手頃価格だったし、現在の中心部から離れているせいか物静かでいいお店だった。

その後、本当はドイツ技術博物館にも行きたかったのだがいいヘルメットが中々見当たらず、自転車屋さんをハシゴしたので時間が無くなってしまった。

5時に大学の後輩と落ち合ってご飯を食べることにしていた。だが、待ち合わせしたポツダム広場の駅がかなり大きく簡単に会えるようでは無かった。20分ほどあたりの駅を彷徨い、ネットに繋ごうとしてスタバに向かったときに偶然同じことを考えていた後輩に会うことが出来た。

ベルリン料理だというアインバインとサラダ、アップルソーダとビールを頼んだ。彼女らは夏の短期留学でベルリンに来ていた。互いの近況を話し、特に無くし物の話題で盛り上がったりしながら久しぶりに日本語を心ゆくまで使うのは楽しいひと時だった。

その後は明日からの旅支度のためにスーパーに連れてってもらったり、夕日に照らされた連邦議会を案内してもらったりした。 日頃畳の上でともに過ごしている仲間と遠く離れた石畳の上で語り合うのは何とも不思議な感覚だったが、最後に駅で飲んだコーヒーはなんともおいしかった。

いろいろあったが、ローマ以上に長かったベルリンの日々も今日でおしまい。
かなりのんびりのペーっと過ごしたが、まだまだ楽しいことがありそうな街だった。

では、







2014年7月30日水曜日

30日目 盗まれたヘルメット 7/29

えー 毎日のタイトルはその日を表す一言にしようとしているのですが今日ほど簡単にタイトルが思いついた日は初めてです。どうも。

午後にベルリン名物 Currywrust を楽しんでいたら雨が降って来まして。雨が弱くなった隙を見計らって自転車に飛び乗り宿に帰ろうとしたらヘルメットを被るのを忘れてしまったのです。途中で気づきて戻るもその頃には雨雲もヘルメットも綺麗さっぱり無くなっていました。隙だらけなのは雨ではなく私でした。全く。
それまでは一日自転車で楽しくベルリン観光していたはずなんですが、その時のことを情景豊かに文字に表す余裕がないので割愛します。

正直、ヘルメットなんて自転車ほど高くありませんし、ベルリンなら明日にでも買えるでしょう。旅を続ける上でのダメージはほとんどありません。

しかし、メンタル的には凹みます。
雨とスナック程度に浮き足立ってしまった自分と意図も簡単に人のものを持って行ってしまう人がいるという事実に。

煩悶としながら自転車に乗る元気もなく押しながら歩くのにも疲れて道端の塀に腰掛けてボーっとしていたとき。18時を報せる鐘がなっていた。数回鳴るのではなく何度も カーン、カーン、カーン 
カーン 、カーン、カーン と鳴り続ける鐘をうっとうしく思った時。ふと先ほどスタバで二周目を読んでいた『アルケミスト』の事を思い出した。
羊飼いの少年が夢のお告げを頼りにスペインからエジプトまで旅をするという物語なのだが、その序盤でせっかく羊を売り払い手にした旅費を全て、アフリカで出来た初めての友達(だと思った人)に持ち逃げされてしまう。今日ちょうどその箇所を読んでいたのだ。 故郷を離れ、聞き慣れぬアラビア語を話す人たちすらいなくなった市場で一人泣いた少年が最後に考えた事が次の1節だ。

「彼は自分のことをどろぼうに会ったあわれな犠牲者と考えるか、宝物を探し求める冒険家と考えるか、そのどちらかを選ばなくてはならないことに気がついた。 『僕は宝物を探している冒険家なんだ』と彼は自分に言った。」(角川書店 「アルケミスト」p51)

わざわざベルリンまで行ってスタバで本を読んでいるなんて、なんと無駄なことをしているんだ と思われる方もいるかと思うが、私にはこれでよかった。 この本を思い出してからは押している自転車が軽くなったような気がしたのだから。

私は別に金銀財宝を求めて旅をしているわけでは無い。だが、旅が終わる頃には今日の事も「宝物」の一つになっていると期待したい。

夕飯はベルリンの料理を食べに行く予定だったが、そんな気分でもなかったのでホステルそばの屋台でまた安いケバブを食べた。店員さんのテンションについて行けず、そこで初めて「あ、自分こんなテンションに下がってるんだ」と気がついた。そしてどうやら日頃の私はテンションで英語を喋っているらしいことも判明した。発音のできないメニューをなんとか伝えるために脳みそが働かず、挙句の果てにそのケバブが4.5ユーロだったので「フォー、ファイブ」とだけしか口から出て来なくて店員さんを困らせてしまった。店員さんのご好意で写真付きのメニューを出してくれなんとか食べたいものを手にすることが出来た。

明日はベルリン最終日。
博物館巡りとヘルメットを買いたい。

では、

追記 

随分昔のものが公開されていなかったのでしときます。イタリアなつかしい。







2014年7月29日火曜日

29日目 インドカレー 7/28

今日はベルリンでの休息日一日目。ベルリンには今までで一番長い丸3日滞在する予定。
まず、溜まった洗濯物を担いでコインランドリーへ。ホステルで地図にここだよー って書いてもらったのだが、その位置も、住所も違っていて探すのに一苦労。だいたいこの通りなんだろうな とまっすぐ歩き続けて見つけることができた。洗濯を待っている間に、自転車を拭き掃除。午前中はこれだけで過ぎ、午後から市街地を自転車で散策。中央駅そばのケバブで腹を満たして喫茶店へ。今日のメインイベントはオーストリアのインスブルックの山で出会ったインド人 Khanna (クハンナと読んでいる)との再開。本当は泊めてもらう約束をしていたのだが、彼らの旅行中に大家さんが裁判で負けてアパートを失ってしまい今、4人で一つの部屋に仮住まいしている状況らしく。代わりに一緒に食事をすることになった。その待ち合わせのために彼と連絡を取ってから街の反対側の集合場所に向けて歩き出した。自転車の感覚で地図を見ると一つの都市なんてあっという間に走れるのだが、いざ歩いて見ると全然進まない。流石に首都だけにローマ並みに大きいということを失念していた。当初は余裕があるつもりだったのだが4時間歩き続けてなんとか10分前に着いたは。途中にベルリンの壁に立ち寄った。今は少しの壁と壁があったことを表すポール、芝生の上に碑石などがある。壁と言っても何層かの厚みを持った国境だったわけで、それが取り払われたあとの横に長い空間には路面電車が走っていた。僕はほとんど国境を意識せずに、というか意識したくてわざわざ必死に探しながら、ここまで来たのだがほんの数十年前には一つの街の中にすら重々しい境があったというのだがら時代の流れとは不思議なものだ。

クハンナとは僕が好きなものを食べれるようにと世界中の料理店が集う、savignyplatz という駅のそばで待ち合わせ。せっかくなので彼がよく使うインドレストランに連れてってもらった。インスブルックでのメンバーではなかったが同じ留学生の友達2人も合流して注文。普段お店が出す辛さはベルリン仕様になっているらしく、彼らはいつもインドモードに辛さを上げてもらっているらしい。僕も同じものを食べることにした。チキンカレーと豆が入ったベジタリアンカレーを注文し、みんなでつついて食べた。ナンつまんでディップするようにカレーとライスをすくって食べる。日本のインドカレーでは ライスか ナンか は選ぶのが一般的だと思うのだが、インドではどちらも食べるようだ。また「何かインド料理知ってる?」と聞かれてシシカバブと答えると 「あー! シッカバブ‼︎」と言われた。本場ではシッカバブと言うらしい。肝心のカレーはというとジワジワと辛い。唐辛子を噛んだ時のような激しく舌が痛むような辛さではなく、喉の奥が熱くなり気づくと汗だくになっていて「大丈夫?」と聞かれて「大丈夫、大丈夫」と言おうとした時になんか舌が上手く回らなくなっているのに気づいてビックリする感じ。彼らは涼しげに食べていたのだが、あまりにも顔を赤くしている僕を見て不安にさせてしまったのか「他になにか頼もうか?」とか「水、頼んどいたよ!」とか大変気を使わせてしまった。彼らに教わり試したのだが、本当に辛い時は砂糖をそのまま口に入れるといいらしい。スプーンに少し持って口に入れて見ると甘さにつられて辛さが和らいで行った。辛さと気持ちが落ち着く感じ。ちなみにクハンナはビジネスの領域で特にフランチャイズチェーンについて学んだらしく、トヨタのアイディアが「KANBAN」「KAIZEN」などと言って学問用語になっていることを教えてくれた。カレー屋さんの看板を指差して「あれがKANBANの語源。看板だよ。」と教えてあげると驚いていた。

普段鉄道に乗らないせいでこちらの鉄道事情が全く分からない僕に切符の買い方から、乗るべき電車まで案内してくれ最後にホームで別れた。今までも旅先で様々な人と交友を持って来たが、再開するという経験は初めてかもしれない。このようなことが出来るのも長旅ゆえの楽しみになのかも。次はぜひデリーのカレー屋さんを案内して欲しいものだ。

ホステルの最寄り駅によると駅の周りに出店やステージが立ち並んでいた。基本的に人に誘われない限り夜はあまり出歩かないのだが、たまには夜景を見ながら一人でビールを飲むのも悪くない。

そういえば6月28日に日本を出たので今日でちょうど一ヶ月経った。ローマで彷徨っていたのが昨日のようだが早いものだ。

では、





28日目 Wi-Fi求めて3000里 7/27

この日はペンションからベルリンまで。本当は2日かける予定だったがわけあって一日で走りきることに。朝はペンションでゆっくりと食事をとり、9時ごろ出発。迷子だった前の日と違い今日は序盤から96番道路というベルリンまでの一本道に入れたので快調な滑り出し。午前中に50km走りルッカウという町で昼食をとろうとしたのだが町に二軒しかないレストランはWi-Fiがなかった。仕方が無いので食事だけとって町を後に。田舎町では英語メニューはもちろん英語を話せる店員さんもまれなのでメニューが全く読めずに困った挙句、唯一理解できた Hawai という単語を含んだメニューを頼んだ。チーズとパイナップルの乗ったチキンのステーキが出て来てなかなか美味しかった。いつもならお昼休みを1、2時間ほどとるのだがこの先でWi-Fiがある店を見つけたらそこで休憩すればよいと考えすぐに出発。

だが、そこからいくら進んでも日曜日ということも災いしほとんどのお店が閉まり、一軒だけあるレストランも競合相手がいないからなのか、そもそもWi-Fiを使いたがる客など来ないからなのかどこまで行ってもWi-Fi付きのカフェが出てこない‼︎

休まず走ったおかげで3時前にして70kmを過ぎ、ベルリンまで残り50kmという表札も出てきた。

恐らくこのまま探してもWi-Fiは見つからないであろうという事、昨日ペンションで休んだことで調子が良かったこと、ベルリンまではほぼ平坦な道っぽかったということ、イタリアでは休日でも開いていたスーパーまでもがドイツでは休みだったのでキャンプをするのも大変そうだったことなどを加味し、このままベルリンまで行ってしまうことにした。
そこから先は、Facebook,Twitterが見たい!、メールチェックしたい!と目先の餌につられるようにしてひたすら走った。現代っ子ここに極めり である。ペダルを漕いで、漕いで、漕いで、漕いで、ケーキを食べ、ジャスミンティーを流し込み、漕いで、漕いで、あと少しでベルリン!というところで強敵にぶち当たった。それまで一日中自分を導いてくれた96番道路が自動車専用道路に変わってしまったのだ! いやー、これはショック。地図上では全く違いが分からなかった上にまっすぐ行けばあと17kmでベルリンだというのにここへ来て回り道を探さなければならなかったのだから。スターウォーズでアナキンに裏切られたオビワンの気持ち。当初130kmで着くはずだったのだが、ベルリン市街でも結構迷い結局中心部のホステルに着いたときは8時半ごろ148km走っていた。自己ベスト大幅更新だ。ベルリンに入ってからは朦朧としながらも眼をギラギラさせながら走っていたと思う。とりあえず、それなりの環境と覚悟さえ決めれば(Wi-Fi)人間自分の限界なんて簡単に越えられるんだなーなんてぼんやり思いました。

ホステルに荷物を置いたあとに受付で買って飲んだレッドブルがもう最高にうまい。くっーって一気飲みした。

夕飯はそばのタイ料理屋でグリーンカレーと春巻きをタイビールとともに。

無事に着いたはいいが今朝はその代償として全身筋肉痛。
しばらくベルリンで疲れを癒します。

では、




2014年7月28日月曜日

27日目 カントリーロード 7/26

今日はドレスデンの川からドュロコウ Drochowという田舎町のペンションまで。
朝の6時に一旦起きてテントから出て見ると一面霧だらけ。対岸や日が沈んでからもライトで見えていた大きな橋も見えず、幻想的な光景だった。結構疲れが溜まっていたので二度寝し、8時ごろに起きると霧はすっかり晴れていた。起きるのが遅かったので出発も遅く10時40分ごろに出発。今日は晴れていた上にやたら体が重くやけにしんどい一日だった。ドレスデンを抜けるのに例のごとく苦労はしたが、今日は小麦とトウモロコシ畑、牧場そして森のどれかの間を走る一日だった。
お昼ごろに寄ったスーパーでSushi Boxを見かけ衝動買いしてしまった。押し寿司のようにシャリの固い寿司は初めて食べたが久しぶりの醤油と酢飯の味は格別だった。ドイツに来て一番困っていることは今のところスーパーに牛乳が1L以上からしか売ってないこと。イタリアでは毎日500ml飲むのが日課だったのだがこちらではなかなか見かけない。困った。
頃合いのいい街でカフェにでも入ってネットにつなごうと考えていたのだが走れども走れどもWi-Fiが飛んでそうなお店が一向に出てこない。結局一日中見かけなかった。今日は一日中ドイツの田舎を走っていたのだろう。今日の進み具合からベルリンまで最短でも後二回は夜を越えなければならないことが分かり、心身ともに疲れている今4日連続でのテント泊は無理と判断し5時ごろから寄った街でホテルを探した。…が、無い‼︎  町のインフォメーション看板に乗っていてもどう見てもしまっていたり、町に一つのホテルが超高そうでその上満室だったり、して簡単には見当たらない。結局、泊ろうとしていた町を二つ過ぎてようやく道路に面したペンションに転がり込むことができた。こちらでペンションを利用するのは初めてだったが、ホテルほど堅苦しくないがホテルほどの自由さ、プライバシーがあるので快適に眠れそうだ。長旅をしていると個室という環境が非常に貴重になってくる。ホステルでも深夜まで遊んでいる人と同じになると灯りや音を我慢して寝ることになるし、野宿ではなおさら足音一つに敏感になる。なので時折お金を払ってでもこのような施設を利用することは心を休ませるのに非常に大切なことだ。
予約などしていなかったにも関わらず簡単な夕飯も出してくれた。牛のロースカツにバターを乗せたものとその下にパンを二枚とトマトだったがインスタントよりは百倍美味しく満足できた。オーナーの息子さんが好きだというビールと共にいただいた。酒の味は特にわからないが、ビールはとりあえず冷えていれば美味しいと思う。このビールは今までで一番冷えていて一番美味しく感じた。食べているとオーナーさんがビールをもう一瓶持って来て自分のグラスについだあと、小さなグラスについで「これはプレゼント」と言ってご馳走してくれた。その後、写真を持って来てくれて彼女の家族についても話してくれた。携帯に入っている唯一の家族の写真が出発前に弟と撮った写真だったのでそれをお礼に見せた。その後も、たっぷりとビールをご馳走してくれた。僕がその。度に深々と頭を下げていると「私たちはもう友達だからいいのよー」と言ってくれた。写真の中の彼女は今と髪色が全然違い、今よりも少しだけ若かった。

部屋に戻りピーナッツを頬張りながらこの文を書いている。もう9時半を過ぎたのだがまだ日は落ちきっていない。

では、

追記

①携帯の充電器をなくしまして。携帯から写真をアップ出来ないので、ここ数日の投稿は写真なしです。すいません。

②読者の方から誤字脱字が多いとのご指摘を受けました。ありがとうございます。そして、承知しております。予測変換とまだ仲良くなって無いことと、一日中走ったあと(特にテントだとすでに外が暗くなっている状態で書くので)だと、推敲している余裕が無いのでその辺は想像力豊かに読んで頂ければ幸いです。

26日目 ドイツ再突入 7/26

昨晩は寝ている時に初めて雨が降った。
朝起きて見ると雫が付く程度で浸水などの問題はなかったのでよかった。これで雨でも安心だ。

昨晩の雨せいか午前中は霧の中を国境へ向けて走った。川沿いだったので大きな坂もなく快適に走ることができた。チェコのジェチーンというレストランで昼休み。小雨に振られかけていたので肉団子の入ったスープが身に染みる。チェコ語のメニューになるともはや完全にわからないのでグラム数を見て一番の大きいものを頼んだ。チキンピラフのようだった。チェコ風なのかとろけるチーズが乗っていて美味しかった。この店で2時間ほど休み、出発。そこからすぐに国境についた。
今日はここからが大変だった。以前会ったドイツ人が「ドイツは北から3つのブロックに区分される。真っ平らなところ。中程度の山があるところ。めっちゃすごい山のあるところ。」と言っていたのを思い出した。どうやら今日はこの中程度エリアだったらしく、ひとつ一つは500m程度だろうがそれが幾つも続いてたのだ。これはアルプスとは違う辛さがある。高い山はひたすら登ったら下るだけとわかっているのだが、丘の場合はどこまで登り下りが続くかわからない。次の登りを見ながらの下りほど爽やかで無いものはないのだ。
なんとか大きめの街ドレスデンに着き、食材を買って茹でたソーセージとパンを夕食に食べた。
デザートはKakiと表記されていた柿をインスタントコーヒーと。日本を思い返す黒糖のような甘さが美味しかった。最初テントをはるつもりだったところは昔自転車でアメリカを旅したというお父さんに「ここは騒がしいよ」と教えてもらいずっと下流の方の静かなところを見つけそこで寝る。

道路からも街からも遠く、鴨の鳴く声しか聞こえないいいところだ。
テントの中でドライパイナップルを食べながら書いている。

今日は疲れたので短めで。

では、

2014年7月25日金曜日

25日目 東京タワー 7/24

今日はプラハから北上した。途中迷ったりしながらも88km走った。
最初は検索したルートに従い、川沿いを走って居たのだがいつまで立っても向こう岸に渡る橋が出てこない。おかしいな〜 と面白い確認するともうその橋をとっくに通り過ぎているではないか!橋をいくら拡大してみても経路自体を示す赤いラインだけ。橋自体は存在していなかった。 あ、これ渡し舟だ‼︎ 気づいた時にはもう随分進んでしまっていた。戻って船を待つ気もなかったのでここからはもう自分で勝手に進むことにした。坂を登って大きめの道に入るのに苦労したが、なんとか軌道修正できた。そこからは丘を登っては地平線まで小麦畑の台地を走り、台地を下り織りなす、また登る の繰り返し。もうこの程度の坂は慣れたもんだが疲れるものはやっぱり疲れる。しかし、台地の上の畑というのは始めて見る光景で畑があたりで一番高いのでのペーっと広がる畑の他には点々とした木とまっすぐ続く道路と空しかない。畑が空に浮いているようで気持ちの良い道だった。途中いつもなら素通りするくらいの村でパンだけ買ってすぐに出ようと昼時に寄った。余ったチェコのお金でパンとリンゴを買い店の外で食べ、出発しようとしていると店のおじさんが手に何か持ってこちらへやってきた。それは東京にいる娘さんからの絵葉書だった。そこに写っている東京の夜景を見せにきてくれたのだ。東京の風景であんなに心が動いたのは始めてかもしれない。ヨーロッパのどの都市とも違う石畳も美しい協会もない、ビルと道路が青と赤の光を放っているだけの写真だったが今すぐその中に飛び込んでしまいほどに。

彼に礼をいい、iPadで経路を見ているとまたやってきて「Coffe or Tea?」と言ってきた。チェコのコインはまだ余っていたので払おうとすると、財布をだした手を制してご馳走してくれると言ってくれた。彼の娘さんはいろいろ世界中を旅したらしくその都度送ってくれるポストカードのコレクションをとても嬉しそうに見せてくれた。彼には娘さんが二人いてもう一人はイギリスでデザイナーをしているらしい。世界中の写真を見た後に、このコーヒーはこの土地のものなんだ、とも語ってくれた。世界に羽ばたいて行った子供たちも、自分の小さな店のある小さな村のこともどちらも楽しそうに語る彼は幸せそうだった。

そのあとも同じような景色を走っていると真っ平らだった地平線が徐々に角ばり、山が出てきた。国境に近づいているのだ。4時ごろにリトムニェジヅェという川沿いの街で休憩。ピザとコーラを頼んだ。その後はその川沿いをひたすら走り、6時半ごろに川沿いにちょうどいい公園を見つけそこでおしまい。

ベルリンはまだまだ。

では、







2014年7月24日木曜日

23日目 4カ国目チェコ そして黄金の街プラハ 7/23

今日はプラハ観光。
昨日読み終わったシッダールタから人生において直線的にに進むことよりも回り道することの大切さを学んだので今日の街歩きはGPSを使わなかった。地図だけ持ち遠くに見える屋根の十字架を頼りに適当に練り歩いた。
そうすると早速朝一を発見。見たことない野菜やパンなどもたくさん。朝食がまだだったのでここでパンとジャガイモのラクレットがけを食べた。このラクレットがけを『銀の匙』という漫画で見て以来食べて見たかったのだがこんなところで会えるなんて! ちゃんと目の前のオーブンでチーズを溶かしてくれた。

その後はぶらぶらと旧市街へ向けて。すぐにまた素敵なお店を見つけた。Old Clock という時計屋さんだ。古くからの機械じかけの時計を扱っている。プラハで時計といえば天文時計台が有名だが時計の他にもガラス細工や鍛治など精密な工芸が盛んなようだ。
この時計屋さんとの出会いがプラハで一番の収穫。

お土産の懐中時計から高そうな腕時計、壁には大小様々な掛け時計がところ狭しと並んでいる。

まさに『モモ』のマスター・ホラの時計の森‼︎

作中でも違う時間を指す時計たちの奏でるシンフォニーをモモが森で木々が織りなす音にたとえて浸っていたが、まさにモモの感動を味合わさせてくれる場所だった。流石にマスター・ホラほどの時計はなかったが僕がいた10分ほどの間に3回ほど時を打つ音を聞くことが出来た。

時計屋さんを後にしてからは橋を渡ってプラハ城の城下街へ。
お腹が減り城まで登る元気がなかったがので観光地となっているのカレル橋を渡って旧市街の天文 
に行こうとしていると橋のそばにひっそりと佇む油絵のギャラリーを見つけた。
プラハの街が舞台になっている絵が多く、客は僕一人だったのでのんびりと心ゆくまで眺めることが出来た。気に入った絵についての店員さんと話しているとその絵のモデルの通りを教えてくれた。 ガイドブックのオススメは確かに外れはほとんどなくたのしいことも多いが、こういう誰も来ないところにキラッと光る出会いを見つけることの方が感慨深いし記憶にも根強く残ると思う。

午後は時計台の回り道で昼食をとったあと、日本の友人に手紙を出そうと郵便局へ向かった。売店で封筒を買い、いざ窓口に持っていて所用の金額を払おうとすると……財布がない‼︎‼︎
昨日防犯自慢したウエストポーチを漁ってもいつもよりゆとりがあるということしか分からない。
包丁で腹を刺され横一文に引き裂かれたかのような過去最大級の不可逆的な喪失感がみぞおちのあたりをずーんと沈めた。窓口を飛び出し目を血走らせながら郵便局へを彷徨う日本人。先ほどの売店に駆け寄って、「このくらいの財布見なかった。」と挨拶も文法もそっちのけで聞いてみるとニヤニヤしながら「これのこと?ww」といって取り出してくれた。 先ほどたった2チェコ・コルナを払ったときに財布をカウンターに置きっぱにしてしまったらしい。 一生の不覚。というよりもお札が抜き取られることもなく戻ってきた奇跡に感謝。
一安心し、郵便窓口へ戻ると今度はお金が足りなかった。公共機関だけあってユーロもカードも使えず、日本円とユーロとに混ざったチェコのお金を必死でかき分けていると後ろにいたお兄さん(先にどうぞ といって先に用事を済ませてもらっていた。)が「君は27持っているそしてここに20ある。これでもう問題はないだろ。」といって20チェコ・コルナ置いて颯爽と去って行った。
郵便局には20分もいなかったのだが、財布はしっかり保管し返してくれるし、あまつさえ自己責任で硬貨の足りない僕を助けてくれたりするなんてプラハの人はなんて素晴らしいんだ。プラハで黄金なのは街だけでなく人もだった。

その後はまた河を間たりプラハ城を目指す。こちらも色とりどりでモザイク画のような旧市街とは違い赤茶の屋根に肌色の壁と統一された街並みがまた違う美しさを見せてくれる。

夕飯にはホステルで聞いたチェコ料理のお店でローストポークにかじりついた。5ユーロほどだったが豪快でボリューミーな料理だった。

実はこの他にも書ききれないことはたくさんあった。
プラハは今までの街の中で唯一2日以上居たいと思わせてくれるほど魅力的な街だった。

ヨーロッパ周遊で数日しかいない場合は通貨が若干煩わしいがプラハを楽しむつもりで何日もいれば問題ないだろう。
とにかく、景色、人、お店、食事、物価全てにおいてプラハはいいところだったが。


ミュンヘンについての以来もう4日ほど自転車に荷物を乗せて走ってない。
そろそろ禁断症状が出そうなので明日が楽しみだ。
明日からはドイツに向かってひた走る。

では、









2014年7月23日水曜日

23日目 鉄道旅で百塔の街へ 7/22

今日は鉄道に乗りドイツのお隣チェコはプラハへ。
午前中は空いていたので当初エンデ博物館に行こうとしていたのだが、調べて見るという月曜のみならず火曜までもお休み。さすが、エンデ博物館。なんて自分の時間を大切にしているんだ!!

代替案としてここも観光スポットとして有名なエンデのお墓に行ってきた。
都心部から6kmほどあるので普通はバスを使うようだが、自転車に乗ればのんびりと30分でいける。
教会ごと聖人などのお墓になっているのを除けば、海外で人々が一般的に使っている墓地に行くのは初めてだったと思う。
何も無い土地に墓石がところ狭しと立ち並ぶ日本のお墓と違い、この墓地は深い森の中に大小それぞれ細部にもこだわりを持った様々なお墓が点々としていた。
森の中にあり鳥のさえずりや昨日降った雨が木々から滴り落ちる音が聴こえてくるせいなのか不思議と不気味さのような感じは全くせず、静かで心地よい感覚がしてゆっくりとエンデの墓を探しながら森を散歩することが出来た。
お墓は一定の敷地ごとにグループ化されて地図で表されており、エンデのお墓は212番という区画にあった。

他のお墓も眺めながらいざ着くとというエンデのお墓はとっても個性的。どっからどうみてもエンデ入ってます。って感じ。
一番大きな墓石が大きな本になっているのだ。もちろんきちんと挿絵や文字まで入っている。そしてフクロウ、絵から飛び出しかけているユニコーン、貝、ナメクジ、そして亀カシオペアの石像が本を読むようにしてエンデを見守っている。その周りは綺麗な草花に覆われてとても静かで、かつかわいらしいお墓だった。 友人にエンデを薦められ出発当日に慌てて買った『モモ』だったがこのようにゆかりのある土地にたまたま寄れるなんてラッキー。ちなみに『モモ』の作中同様、カシオペアの背中には文字が浮かび上がっていてなんでもその意味は「オソレルナ」だそう。
その後は森を迷ったりしながらもゆっくりと散策して結局墓地には1時間くらいいた。お金もかからなかったし、あの森だけでも訪れる価値はあると思うのでミュンヘンに行った際には是非。
時間があったらBMW博物館にも行ってみたかったが断念。

ホステルに戻り荷物を自転車に取り付け駅へ向かった。出発の40分前の12時に駅に入り、ソーセージ二本とパンを二つ、そしてサラダをテイクアウトしてプラットホームへ。自転車置き場が備わっている車両には外にそのマークが着いているので一目でわかる。荷物を載せた自転車を押し上げるのは容易ではなく、周囲の人が自主的に手伝ってくれた。感謝。
無事自転車も固定していざ車内へ。ハリーポッターを読んで以来憧れだった夢のコンパートメントへ‼︎
5時間以上の長旅なのでおばさんが一人で座っていて静かにできそうなところを選んだ。
次々にスウェーデンからのバックパッカー二人組。丸々っと太ったご婦人などが入ってきてあっという間に6つの席はうまった。

日本ではまずお目にかからないコンパートメントという形式だが長距離移動にはいいなぁと感じた。3人席が向かい合っていて部屋の外が廊下になっているのだが、新幹線のように窓が小さく無いのでどの席からも景色が観れるし部屋さえ選べば静かでグループが騒いでいる他の部屋の声もかすかに聴こえてくるくらいなので気にならない。

窓を眺めると改めて鉄道の速さを実感した。
自分が一日かける行程を回り道もせずに1時間足らずで飛ばして行く。座っているだけでいいなんて素晴らしい。 それに利用者の層が厚いというのも鉄道旅の楽しさだと感じた。深く話したりはしないものの普段の安宿にいる旅人たちや道ですれ違う自転車乗りとはまた違うタイプの人も一緒のコンパートメントにいるというのが面白い。ヴィトンのバックを持った人なんて久しく見ていなかった。 
また同時に、自転車の楽しさも改めて感じた。3週間も毎日景色だけを見てきたので窓から眺めていると外の景色の中を走っている自分をありありと想像出来たのだ。この木陰は気持ちいいだろうな とか、この町の教会を遠くから見つけると安心するんだろうな とか、 こんな坂登らずに済んでよかったな とか、 でも下りは気持ち良さそうだな とか。

お尻も痛くならず、風雨も問題にならない鉄道もいいけれど、風を聞きながら農作業している人と挨拶しながら進める自転車も悪くないなと思った。

今までずっと旅してきた自転車の良さも鮮明になり、これからもっとずっとともに旅をする鉄道の良さも感じたひと時だった。

と、ほどよい気分で景色を眺めたり、シッダールタを読み終えたり、手帳にいままでの旅を振り返りつれづれに書き連ねたりしていると乗務員さんが部屋に入ってきた。すでに5時間ほど日本語で考えたり、読み書きしていたので突然の英語に若干テンパったが、周囲の人の話から察するにどうやらあまりにも電車が遅れてしまったために次の電車で乗り換えて欲しいということだった(すでにある駅で1時間以上の停車もしていた)。
もともと到着予定は6時44分 きっかり6時間で着くはずだったか乗り換え電車が来た時すでに7時。夜は時間が無いかもしれないし電車の旅も一通り楽しみ尽くしたので、いま車内でこれを書いている。一応予定では8時44分にプラハに着くらしい。 

コンパートメントもいいけどやっぱり日本の鉄道が一番だと思いましたとさ 笑

日没までに着いて無事に宿が見つかるといいけど

では、

…その後30分程して9時ごろにプラハに到着。
時間的にほとんどのお店の閉まっている構内をさまよいながらインフォメーションセンターで宿の情報と地図を手に入れ、街へ。ここまで来る間に会ったほとんどの旅行者が口を揃えて褒め、薦めてきたプラハ。すでに日は沈んでいたがそれでもなぜプラハがそこまで人気な観光地なのかちょっとはわかる気がした。 一つひとつの教会などが立派だったり、一般家屋もきちんと統一感を持っているだけではなく、他の街より道路が広いのだ。ローマやフィレンツェあるいはミュンヘンなどもちょっと奥に入るとすぐに道が狭く(その上路上駐車でさらに狭くなる)なり空が小さくなりそれに伴って道路の汚さも目立ってくる。それに比べ10分程して歩いた感じだが空が広い気がするのだ。 明日一日かけて歩き回るのが楽しみ。中世のままのゴツゴツした荒い石畳のおかけで自転車はおやすみだ。
とにかくお腹が減っていたので夕飯はそばのイタリアンレストランでイタリアを思い出しながらピザを。ユーロが使えたのだがお釣りはチェコの通貨チェコ・コルナだよと言われたのでお札をだしてとりあえず両替の代わりにお釣りをもらうことにした。

イタリアでもたくさん食べたピザを食べて気づいたのだが、チェコ物価めっちゃ低い‼︎
あまりの嬉しさに一人で前菜まで頼んだら「ピザとこれ両方食べるの⁈」と店員さんに二度も確認されてしまった 笑 よくわからずに頼んだ前菜はサラダの上に熱々に解けたチーズの塊を乗せたもの。生野菜ととろけるチーズって食べたことなかったけど意外とイケる。特にドレッシングとかつけずに食べきってしまった。ピザもマルゲリータとかはさんざん食べたので店員さんのお勧めを頼んだ。ハムとマッシュルームがたっぷり乗っていてキノコの香りがふわっとしてきてこれもまた美味。 これらにチェコビールまで頼んでもとっても安かったのでチェコっていい国だな〜なんて思いながら宿に戻った。

そんな気持ちでフンフンとシャワーを浴びてベットに戻ると韓国からの3人組の女の子が僕のベットのそばに。話を聞くと僕の隣のベットの人が持ち金全部盗まれてしまったらしい。(日本では男女別のところも多いがヨーロッパでいままで使ったところはほとんど男女が同じ部屋。)盗まれたのも韓国からきた別の二人組みのうちの一人なのだが直前にいたアングロサクソン系の男が怪しいと睨んでいたらしく被害者の隣である僕の場所がその男では無いかと考えていたらしい。
だが泥棒がのんびりシャワーを浴びるわけは無く、すぐに僕に事情を細かく話してくれた。ホステルの寝室には鍵がかかっているので基本的にその部屋の利用者しか入れない。犯人が今夜同じ部屋で寝るというコナンの雪に閉ざされた別荘の話的な状況は甚だ気持ち悪いものだ。あー移るのはめんどくさいけど明日の宿どうしよっかな〜などと考えながらホステルのバーに水筒を持ち込み今書いている。ちなみに僕は貴重品は全てウエストポーチに入れて風呂トイレなどいついかなる時も持ち歩いている。ポーチを失ったら全てお終いという状況だが逆にポーチにだけ気を向けていればいいので意外と楽なのでオススメだ。自転車に乗っている時にもちょっとしたときの出し入れもしやすいし。

都会は楽しいけども恐ろしいところだ。 やっぱり家畜しかいない田舎道の方が落ち着くな。 なんて。

では、















2014年7月22日火曜日

22日目 ミュンヘン 7/21

今日はミュンヘン観光。
えーですね。実は30分ほど書いていたものが手違いでぶっ飛んでしまいやる気ナッシングでもう一度白紙ならぬ白ブラウザーに向かっております。

月曜日はミュージアムなどが定休日な上に午後から雨に振られ観光らしいことはあまりしませんでした。
今晩のホステルに荷物を移したあと朝一で日本語でミュンヘン中央駅 Hauptbahnhof駅へ。
ミュンヘンからは鉄道でチェコはプラハへ向かいます。
無事アルプス越えを果たした自分へのご褒美と自転車を解体せずに持ち込めるヨーロッパにせっかくいるのだから鉄道の旅も味わってみたかったので。
緑の窓口的なカウンターに行くと簡単にチケットを取ることができました。最初に提示された金額は69ユーロだったけれど安く済ませたい旨を伝えると55ユーロのチケットを探してくれた。希望の時間も細かく聞かれたので列車も結構あるのかもしれない。
その後は自転車に乗って街へ繰り出した。自転車屋さんを見つけて空気を入れ直し、スタンドの緩みをとってもらってから11時ごろにツム・ フランチェーシカというレストランへ。ここでミュンヘン名物のヴァイスヴルストを食べたかったのだ。一言でいうと茹でた白いソーセージ。随分前にテレビでこの料理を見て、ソーセージなのに皮を向いて食べるとは随分面白い食べ方だと驚き、お肉が新鮮すぎるがゆえに午前中しか食べれないといことを聞いて随分レア感のある食べ物だと感じ一度食べたかったのだ。昨夜ミュンヘンについて調べているとたまたまこの地方の食べ物だと知ったのでお店を探してみたのだ。基本的にお湯に浸かったままのソーセージがプレッツェルとお好みでつけるマスタードと一緒に出てくる。
いやー、これもまた美味しかった。
パンパンに張った皮を手術で切開するように切れ込みを入れてそこから中身を転がすようにするとスルンッと綺麗に皮が向ける。このソーセージがもうとっても柔らかい。まるでスフレのように。しかもお肉なので弾力を持って口全体を跳ね返してもくれ、香草の匂いが鼻を突き抜ける。添えてあるマスタードも辛さというよりは果物や甘い辛子大根のような味がさわやかな感じがとても美味しかった。しかし、この料理はプレッツェルと一緒だから素晴らしいのだと思った。というのもプレッツェルの表面のかたさがひたすら柔らかいソーセージといいコントラストになっているのだ。
プレッツェル自身も口に入れるとパンケーキのようなほのかな甘みがした後に噛んでいると振りかけられた塩のしょっぱさが食欲を誘ってくれる。ソーセージは3本頼んだのだがお湯に浸かっているので最後まで温かいままだった。このようにソーセージとプレッツェルを交互に味わい最後まで飽きることなく楽しむことの出来たひと時だった。ちなみにヴァイスヴルストとは白ビールを合わせるのが一般的らしく昼から美味しいお肉と味わうビールも最高だった。
店を出てからは飲酒運転になってしまうので自転車を押しながら散歩。普段より一段速度を落としての散策もゆっくりと街を眺めることができて悪くはない。
このころから雨が降ってきたので急いでホステルへ戻る。ヨーロッパの街にはいたるところに大小の噴水があるのだが、雨の中見る噴水は超局所的な豪雨のように見えてなかなかにシュールだった。
暇だったので駅へふらふらと散歩をした。
軽食にトマトとモッツァレラの巻物を食べた。 またプラットホームを乗客のような顔をして歩きながら列車をそばで好きなだけ見るという遊びを思いついた。大きなターミナルステーションでは大都市間の長距離列車がほとんどなのでどれもカッコいいし、停車時間も長いので暇つぶしに眺めるには最適。日本のように改札がなく、乗客管理を車内での拝券で行っているヨーロッパだから出来ること。

夜は世界一大きいビアガーデンに行ってみようと思っていたのだが、雨の中出かける気も起きずそばの中華で済ませた。

明日の列車は午後なので午前中に一つぐらい博物館に寄れるといいが。

では、